12歳のYouTuberが「中学校不登校宣言」をしたというニュースがを聞いて、ふと昭和21年に制定された日本国憲法が、こういう子供さえ救おうとしていることに気づきました。この憲法は、愚かな人間が存在することを前提として、その愚かさを抑制するための土台を規定しています。そして、人間の愚かさは昭和21年も令和3年になっても変わらない。だからいまも日本国憲法は有効に機能している。この事実はよい意味での驚きでした。

日本国憲法は、納税・勤労・教育の義務を定めていますが、教育の義務だけ毛色が違います。納税と勤労は国民全員が直接負う義務ですが、教育については、保護者が「子供に教育を受けさせる」義務を負っています。

第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

子供が教育を受けなければならないのではなく、大人が子供に教育を受けさせなければならないのです。そして国は義務教育を無償にして、責任者である大人をサポートすることを約束しています。

この条文の背景には「すべての大人が責任をもって子供に教育を受けさせるわけではない」と言う人間の愚かさがあります。子供が人として最低限度の生活をしていくためには教育が必要なのに、それを与えない大人がいたのは歴史的事実。それを日本国憲法は許さないわけです。そしてその日本国憲法が持っている大人への疑いは次の条文にも表れています。

第二十七条 ~略~ 3 児童は、これを酷使してはならない。

12歳のYouTuberの「中学校不登校宣言」は親の影響が大きいのでしょう。親は学校に行かなくてもYouTubeや自分が教育者になれると考えているのかもしれません。でもそれは、戦前の親が子供を学校に行かせず農作業で酷使して「大自然に学び、作物が作れるようになれば立派に生きて行ける。」と嘯いているのと同じです。

日本国憲法はこう言う親を許さないと明確に宣言しています。しかも昭和21年に。

誰もが教育を受けられるようになった現在、教育は大切ではないという声があるかもしれません。でもそれは誤りです。僕は以前、収入が少ない人のための法律相談所で働いていましたが、教育を真っ当に受けられていない人が社会的に追い込まれていく姿を何度も見ました。知識の有無ではなく、何かを教わって自分で考えた経験は人を救います。その機会を子供から奪うのであれば、そもそも子供なんて持たなければよい。それくらい生きて行く上で大切なことです。

このYouTuberはまだ12歳。12歳の判断で自分自身を不幸にすることを日本国憲法は許しません。だから違憲状態にある親を法で正す必要があります。僕はこの子がどうなろうと知ったことではないですが、この憲法の精神を形骸化しないために、やっぱり親を正してほしいと思います。

ちなみに、親に強い信念があるのなら、事前に教育を受けさせる義務がない国に引っ越す、もしくは子供を作らなければよかっただけだったと思います。子供をいままで日本で育ててきたということは、きっとそこまで強い信念はないんでしょうね。