先日、免許の更新に行ってきた。

無駄に多い窓口をたらい回しにされ、何の役にも立たない講習を受けて、1時間半と言う長い時間をかけて新しい免許証を受け取った。優良運転者の僕ですらそうなのだから、そうでない人はもっと時間がかかるのだろう。無駄な時間だと思う。

運転免許センターの中には窓口を案内するだけの人、申請書を切り取るだけの人、講習室を案内するだけの人、講習用のDVDを再生するだけの人などたくさんの必要のない従業員がいた。免許センターの半分程度を占めるであろう彼らは、おそらく更新手続きを効率化すればすぐに必要のなくなる人たち。その手続きの効率化も複雑なものではなさそうだ。おそらく2~3か月で完了できる。つまり、その気になれば免許センターの人員は3か月で半数にできると言うことだ。

だけど、そこで削減された彼らはどこへ行くのだろう?おそらくこんなに単純でかつ待遇の良い仕事を見つけるのは難しいだろう。若いわけではない彼らには新しい仕事を覚えるのも簡単ではない。かなり高い確率で失業者になってしまう。

失業者の増加が一瞬で経済・治安の悪化をもたらすことはCOVID-19が証明してしまった。彼らを経済・治安の悪化を恐れずに切り捨ててよいのか?その判断がとても難しい。

彼らを「楽な仕事をして生きてきたのだから自己責任だ」と言って責めるのは容易だけど、そういう仕事を作ってきた国や企業にも責任がある。安定は良いことだと、大企業や公共セクターへの就職を安易に勧奨する教育にも責任はあるだろう。彼らは自分で楽な仕事を選んだのかもしれないが、目の前に楽な仕事がなければ選ぶことはできないのだから、失業予備軍は社会が生み出したもの。そしてそれがいま経済・治安悪化への社会的リスクとなっているのだから皮肉なものだ。

そのリスクを顕在化させないために、いま存在する失業予備軍については雇用を継続する。この選択は大きな目で見れば合理的だ。経済が悪化している現状で、若い世代にこういう仕事を用意するのは難しいけれど、今いる人たちは定年まで雇用し、定年退職とともに彼らのいたポジションを廃止していく。不公平を許容し、経済と治安の安定を優先すると言う考え方だ。

きっと就職も転職もキャリアアップも厳しい時代を生きている若い世代には受け入れがたいことだろう。でも、若い世代は自分で頑張って自分のキャリアを切り開いていけるから社会のリスクにはならない。だから甘やかしてもらえない。若い世代は「不公平だけど、社会的リスクになるよりは良い」と自分に言い聞かせて我慢するしかない。

だから仕事が見つからない、うまく行かないことを責める上の世代がいたら、若者は「お前たちの時のように簡単じゃないんだよ」と言い返していい。生意気だと言われたら、その人の業務内容を細かく聞けばいい。たぶん大人が偉そうに語る仕事のほとんどが若者には簡単にできてしまうことだ。それなのに若者はよい仕事を見つけるのに苦労し、保護もされない。こんな厳しい時代を生きているんだから、若者は少し生意気でわがままなくらいがちょうどいいと思う。