突然ですがイギリスの話。

イギリスはLBGTに理解が深い国です。僕のチームにもLBGTの人は2人いたし、そのうち1人は結婚していて養子も2人いました。はじめは少しびっくりしましたが、みんなが当たり前のこととして見ているのですぐに自分の中での違和感はなくなりました。

日本ではまだ違和感を持つ人の方が多いと思いますし、その違和感を表明する人も多いです。そしてそういう人々の意識は簡単に変わりそうにありません。

このイギリスと日本の差を生み出しているのは、自分の意見を表明することへの責任感です。自分が大事だと思うことを伝える、意見が違っていたら議論してお互いに正しい考え方を見つけていく。イギリスではそうやって多くの人が意見表明をし、いろいろな人の意見が混ざりあいながら、国や地域としての考え方が作られていきます。

日本の場合、意見を表明する人はそのことに対して強い思いを持っている人たちだけです。大多数の普通の人は意見を表明しない。だから国や地域としての考え方が醸成されません。

LBGTを例にとると、日本ではLBGTの当事者とそれに反対する家族主義者との対立になってしまっています。その間にいる普通の人たち(自分も含めて)は、思っていることを言いません。普通の人たちの大半は、LBGTについて反対する理由は持っていません。だったらそれを表明すればよい。彼らが表明すればそれが多数派になって、いまある議論なんて必要なくなるはずです。でもそれができない。

『自分は関係ないから』とか『口を出せるような立場ではないから』とか、もっともらしい理由をつけているものの、要は自分がトラブルに巻き込まれることを避けているだけです。困っている当事者のことも考えていないし、意見を伝える相手のことも信頼していない。他人にはかかわらず、自分の居心地の良い場所にとどまろうとする幼稚な姿勢なのだと思います。

経済も文化も教育も、この国は悪い方向に進んでいます。その理由を、私たち普通の人は政治家や彼らと強固に結びつく人々のせいにしがちです。でも、間違っていたとしても意見を表明するだけ彼らはまだ善良なのかもしれません。

普通の人が意見表明することへの責任感を持つこと。それがこの国が成熟するための第一歩なのだと思います。