今度の都知事選は、COVID-19に由来する経済低迷を受けて、苦しんでいる人に寄り添う候補者が目立っているように思う。経済的に困窮する人に対するサポートは必要だし、中小零細企業への支援も重要なのは間違いない。

でも、いまは本当に経済的に苦しむ人は救えない。少子高齢化が進んで、税収が減るにもかかわらず老人を支えるために負担が増やされる若い世代が本当に苦しむ人たちだからだ。若くなればなるほど負担は増えて収入が減り、生活の質は悪くなるだろう。今後、日本が経済成長をすることは見込めないだろうから、よい生活をしたければこの国を出るしかない。でもこの国で教育を受けていたら考え方・語学力などいろんな面で外国では戦えない。だからほとんどの人は日本での苦しい生活を受け入れるしかない。僕は子供がいないから自分が生き残れればよいと気楽に考えているけれど、子供がいたとしたら彼らの将来を想像して途方に暮れていると思う。

この高い確率で訪れる絶望的な未来は、いま苦しんでいる人にとってはどうでもいいことだ。来るか来ないかわからない未来ではなく、今の自分の苦しみを救ってほしいのが人情。でも、未来はいまより大きな苦しみを運んでくる。多くの人の生活が悪化することによって治安も悪くなるし犯罪も増える。汚く危険な街に貧しい日本人が暮らすスラム東京。いま僕たちはそういう未来を子供たちに用意しようとしている。

この絶望的な未来を変えるのが政治の仕事。政府の役割と支出を減らし、持続可能な社会の仕組みを作る。その上で、この国の生活をどうしたいのか方向性を示さなければいけない。企業を呼び込んで経済成長にチャレンジするのも1つの方法だし、成長をあきらめて1次産業を中心に細々と経済を回すのも1つの選択肢だろう。ただ、どんな形であれ、この国の未来に希望を持たせるには、ときにいま弱い立場にいる人たちを切り捨てなければならない。国を作るとは本来そう言う苦しい決断の繰り返しなのだと思う。

残念だけどいまの政治家は未来の形を見せてはくれない。僕たちが目の前の利益ばかりを追いかけているから、政治家も分かりやすい利益で票を取って選挙に勝とうとする。決して国民に苦しみは求めない。

民主主義では政治家が国民の姿をいい意味でも悪い意味でも映し出す。いま僕たちは政治家と同じように子供たちの未来など考えていないと言うことなんだろう。